東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1640号 判決
控訴人の主張は、<中略>要するに、被控訴人は、異議申出事件(控訴人が古沢弁護士を相手方として第二の懲戒請求をしたのに対し、山形県弁護士会が同弁護士を懲戒しないとの決定を行なったので、控訴人が被控訴人に対し異議申出をした事件)について、異議申出を棄却する旨の裁決をなしたが、その裁決の基礎となった被控訴人懲戒委員会の議決は、(1)異議申出事件の主要争点即ち古沢弁護士に関する懲戒請求事項に対する判断を欠如していて、主文だけあって真の理由のないものであること、(2)被控訴人懲戒委員会において、右異議申出事件の主要争点についての実質審議は全く行なわれなかったにもかかわらず、これが行なわれたかのように装って議決書を作成したものであること、(3)当初から古沢弁護士の懲戒処分を回避し、同弁護士を擁護しようとする特殊の計画的な意図のもとになされたものであって、独立権限である審査議決権の濫用であること、の各点において違法であり、ひいては、弁護士懲戒制度の不服申立に準用又は類推適用されると解すべき憲法三二条及び七六条三項に違反するものであり、かかる被控訴人懲戒委員会の違法な審査議決により、控訴人は、懲戒請求権及び異議申出権(弁護士法五八条一項及び六一条一項)を侵害され、重大な侮辱を受け人格を蹂躙されたものであって、被控訴人は、その機関である懲戒委員会の右違法な審査議決につき、また、被控訴人会長が右違法な審査議決を故意又は過失により看過認容して被控訴人をして違法な裁決をなすに至らしめたことにつき不法行為責任があるから、控訴人が被った測り知れない有形無形の損害を賠償すべき義務がある、というに尽きるものである。
しかしながら、弁護士法五八条<中略>所定の懲戒請求権及び六一条所定の異議申出権は、懲戒請求者の個人的利益の保護のために認められたものではなく、弁護士懲戒制度に右の範囲で国民の直接的なコントロールを及ぼさせることにより制度の運用の適正を図るという公益的見地から特に認められたものであり、懲戒請求者は、懲戒請求及び異議申出がいずれも却下又は棄却され、懲戒請求が認められなくとも、それによって直接自己の個人的利益を侵害されるものではないと解される(最高裁昭和五一年三月四日判決・裁判集民事一一七号一四一頁参照)。控訴人は、当初の懲戒請求により汚名を着せられた現実に具体的被害を受けた被害者として、基本的人権及び名誉権を主張して公的機関の厳正な判断と救済を求めたものであって、控訴人には法律上の個人的具体的利益と必要に基づく具体的な懲戒請求権及び異議申出権があったものであると主張するが、懲戒請求権及び異議申出権は右のとおり懲戒請求者の個人的利益の保護のために認められたものではなく、所属弁護士会又は被控訴人により相手方が懲戒されることへの期待あるいは相手方が懲戒されることによってもたらされる満足感は、単なる事実上の期待ないし反射的利益にすぎず、その侵害に対して損害賠償を求めうる法益として法律上保護されるものではないといわなければならない。もとより、懲戒の請求を受けた弁護士会や異議申出を受けた被控訴人が公正に対応して適切な処理をすべく要請されることはいうまでもないが、一般に、かかる法令遵守義務ないし誠実義務からくる要請に対する違背は、それによって直接自己の権利を侵害された者からの争訟手続等、当該制度について法律上予定されている是正手続によって是正されるべきことであって、弁護士懲戒制度において単に処分の端緒となる懲戒請求及び異議申出をする権利を認められているにとどまる国民が、適正な処理手続への期待が裏切られたとして当然に賠償を求めうることにはならない。当初の懲戒請求によって被ったという控訴人の損害の回復については、右懲戒の請求者ないし懲戒の議決をした原処分関係者に非違がある場合に、それに対して責任を問うのが本道であり、より相当な救済手段として右懲戒を請求した弁護士に対する懲戒を期待して第二の懲戒請求さらには異議申出をしたがその期待が充たされなかったからといって、右異議申出を棄却した被控訴人に対して損害賠償を求めようとするのは、そもそも筋違いといわざるをえない。
したがって、控訴人の異議申出を棄却する旨の被控訴人の裁決ないしはその前提たる被控訴人懲戒委員会の同旨の議決に控訴人主張のような不備ないし違法の廉があるものと仮定しても、それによって懲戒請求者たる控訴人の権利ないしは法的利益が侵害されるということはありえず、不法行為の成立する余地は存しない。控訴人はそれによって重大な侮辱を受け人格を蹂躙されたとまでいうが、右に述べた異議申出棄却裁決の性質からいって、また控訴人が具体的事実として主張するところからみても(裁決に至る過程で控訴人に対する格別の具体的侮辱行為があったという主張はない。)、ひっきよう、右裁決を不当とし、古沢弁護士を相手方とする第二の懲戒請求が容れられるべきものとする強い期待を裏切られたことへの忿懣をいうものとしか認められない。
(横山 浅野 水野)